wakatonoの戯れメモ

はてなダイアリーから引っ越してきました。

研究がお金に結びつく時〜運用に渡せるようになるということ

研究成果すべてが実用化に供するものではないにせよ,実用化されることを考えるのであれば,最終的には運用でどう使われるか?という視点も持つべきかなとは考えている.もちろん,狙ってすごい研究成果を出せるか?といわれると,自分なんかはそんな才覚はないのでw,あれこれ考えながら「こうあるといいな」というものを見つけ,調べ,作っていくわけだけどね.
研究から運用までを軽く分解してみると,以下のような感じになる.

  • 実用化されることを見越した,もしくは実用化しやすい研究成果
  • 実際の開発で使われることを目指した実用化
  • 運用をきちんと考えた開発

たいていの場合,素の研究成果がそのまま運用までストレートにつながることってのは考えづらい.となると,研究成果を運用までつなげるためには?ということを考えなきゃいけない.これは正直,研究だけやってても身につかない.よく「絵に描いた餅」といわれるが,ある程度自分で設計,開発,運用をやれる技量およびやった経験がないと,餅すらも描けないことになる.
経験的には,ここに研究者の考え方と実運用を行う者の考え方の間のギャップが見られるのではないか?と考えている.

システムとして作られたものは,最終的に運用をまわせて初めてお金を産み出せるようになるが,この「まわせる運用」を実現出来ないと,入ってきたお金が全部運用のための工数に消えて,利益すら取れないか,もしくは利益を取るために運用費用が高止まりし,結局使われないということになりがちだ.これは,システムの設計や作りがよくないとそうはならないし,コア技術として導入されるものの筋がよくないと,そもそもシステムの設計や作りをよく出来ないのではないか,という疑念が浮かぶ.

ということで,すべての研究が運用を意識する必要はないのだが,実用化やお金を産み出すことを想定した研究成果は,運用でどのように使われるのか?ということを意識したものでないと,とてもじゃないけど危なくて使えない〜既存の方法論や技術を採用する〜ということになりがちだ.